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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)7744号 判決 1981年8月25日

原告 秦正士

同 秦孔賢

原告ら訴訟代理人弁護士 湯本岩夫

被告 趙一済

右訴訟代理人弁護士 黒笹幾雄

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  本件について、当裁判所が昭和五五年七月二六日になした強制執行停止決定は、これを取り消す。

四  前項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告から原告両名に対する、東京地方裁判所昭和四九年(ワ)第七六一三号家屋明渡請求事件の和解調書に基づく強調執行を許さない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、昭和四九年九月一一日、東京地方裁判所に対し、原告両名ほか、株式会社大原、秦錫、石山文広に別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の明渡し等を求める訴え(東京地方裁判所昭和四九年(ワ)第七六一三号家屋明渡請求事件)を提起した。

2  右事件において、昭和五三年四月一〇日、被告と原告ら訴訟代理人佐々木弁護士との間に、「原告らは被告に対し本件建物から昭和五五年九月九日限り退去してこれを明渡すこと」との和解が成立し、その旨の和解調書が作成された。

3  しかし、右和解調書は、次のとおり無効である。

(一) 前記訴訟の訴状は、原告らに送達されていない。

すなわち、原告秦孔賢については受取人が不明であるし、原告秦正士については送達されていない。

(二) 佐々木弁護士は、原告らから、前記事件の訴訟行為の委任を受けていない。

すなわち、原告秦正士の委任状については、大原壮夫こと秦孔暦が当時同原告から手形訴訟に使用するため預かっていた委任状を使用したものである。原告秦孔賢の委任状については、誰かが偽造したものである。

4  よって、原告らは、右債務名義の執行力の排除を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3は争う。

4  前記訴訟の訴状は、原告秦孔賢に対し昭和四九年一〇月三日に、原告秦正士に対し昭和四九年一一月二七日に、それぞれ送達されている。

5  原告両名は、佐々木弁護士に対し、前記事件の訴訟追行を委任している。

第三証拠《省略》

理由

一  (事実関係)

請求原因1及び2の事実は、当事者間に争いがない。右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足る証拠はない。

1  本件建物について、昭和四三年一〇月二四日、誠和通産株式会社名義の保存登記が経由された。被告は、右建物について、任意競売を申し立て、昭和四四年三月二六日、競売手続開始決定を得た。被告は、昭和四八年一一月二二日、本件建物を競落し、昭和四九年三月二日、その旨の所有権移転登記を経由した。

2  ところが、本件建物について、大原壮夫がその所有権を主張し、本件建物の明渡しに応じなかった。

3  そこで、被告は、本件建物の占有者と判断された株式会社大原(以下「訴外会社」という。)を相手方として占有移転禁止の仮処分を得て、昭和四九年八月二日、執行した。訴外会社は現に本件建物の一部を使用占有していたが、右執行の際、原告秦正士、同大原こと秦孔賢、石山文広、秦錫の四名が本件建物の残りの部分を占有していることが分かった。

なお、右執行には、訴外会社代表者小川慎一郎が立会っている。

4  被告は、さらに、原告秦正士ら前記四名を債務者とする占有移転禁止の仮処分を得、昭和四九年八月二七日、執行した。右仮処分の公示書は、玄関の右側壁にはられた。

5  被告は、昭和四九年九月一一日、東京地方裁判所に対し、原告両名のほか、訴外会社、秦錫、石山文広ら合計五名を被告とする本件建物の明渡し等を求める訴え(東京地方裁判所昭和四九年(ワ)第七六一三号家屋明渡請求事件)を提起した。

6  原告秦孔賢に対する訴状送達については、昭和四九年一〇月三日に荒川区東日暮里四丁目一六番二号において受送達者本人に訴状副本を渡した旨の郵便送達報告書がもどってきた。しかし、原告秦正士に対しては、訴状副本が送達できなかった。

7  訴外会社から訴状副本を見せられた大原壮夫は、訴外会社の外原告ら前記四名の居住者の訴訟委任状を取りまとめて、佐々木弁護士に前記訴訟の追行を委任した。原告秦孔賢名義の訴訟委任状は昭和四九年一〇月二三日付で、原告秦正士名義の訴訟委任状は同年一一月二六日付で、それぞれ作成されている。

8  佐々木弁護士は、昭和四九年一一月二七日、原告秦正士の訴訟代理人として、書記官室において訴状副本の交付を受けた。

9  佐々木弁護士は、原告ら外三名の代理人として、昭和四九年一二月二五日付答弁書を作成し、昭和五〇年一月二四日、右答弁書を裁判所に提出した。同弁護士は、右答弁書において、本件建物の所有者は大原壯夫である旨争っているが、原告らの占有については争っていない。

10  佐々木弁護士は、前記訴訟の第一一回口頭弁論期日において、証人として大原壯夫等の尋問と、被告会社代表者として小川慎一郎の尋問を申し出た。右両名の尋問は、採用された。大原壯夫の証人尋問は実施されたが、小川慎一郎の尋問は行われなかった。第二四回口頭弁論期日には、被告本人として原告秦正士の尋問が申請された。

11  昭和五三年四月一〇日、被告訴訟代理人黒笹弁護士と原告ら外三名の訴訟代理人佐々木弁護士との間において、「原告ら外三名は被告に対し本件建物から昭和五五年九月九日限り退去してこれを明渡すこと」との訴訟上の和解が成立し、その旨の和解調書が作成された。なお、右和解期日には、大原壯夫も佐々木弁護士と一緒に裁判所へ来ていた。

12(一)  原告秦正士は、大原壯夫の弟であり、原告秦孔賢は、大原壯夫のいとこという関係にある。

(二)  大原壯夫は、本件建物所在地から約一〇〇メートル離れた荒川区東日暮里三丁目一〇番一一号に居住している。

(三)  大原壯夫は、かばんの材料となるビニールの卸業を営み、訴外会社は、かばんの製造と卸業を営んでいる。

なお、大原壯夫は、訴外会社の役員でもあった。

(四)  原告秦正士は、本件建物の一部に居住し、本件建物でかばんの製造も行っていた。原告秦孔賢は、本件建物の一部に居住し、外へ働きに出ていた。

二  前記一認定の事実に基づき、原告ら請求の当否について検討する。

1  原告らは、(一)前記家屋明渡請求事件の訴状が原告らに送達されていない、及び、(二)右事件の訴訟行為を佐々木弁護士に委任していない、と主張している。

2  そして、証人安田照正は、大原壯夫から原告秦孔賢の訴訟委任状をとってくるよう命じられたが、同原告が出張中であったため、原告秦孔賢に代って安田勝浜に原告秦孔賢名義の訴訟委任状を作成してもらった、と証言している。また、証人大原壯夫は、手形訴訟のため原告秦正士から受け取っていた訴訟委任状を、佐々木弁護士に渡し、前記訴訟に流用した旨証言し、さらに、原告秦孔賢を受送達者とする郵便送達報告書について、訴外会社の従業員が同原告に代わり訴状副本を受け取り、受領者の押印をなしたのではないか、とうかがえる旨の証言をしている。

3  しかしながら、前記一で認定した事実によれば、次のような事実を指摘できる。

(一)  (1) 原告秦正士及び原告秦孔賢と、大原壯夫とは、兄弟あるいはいとこといった身近かな関係にある、(2) 大原壯夫は、原告らが居住している本件建物からごく近い位置に住んでいる、(3) 大原壯夫は、本件建物の一部でかばん製造業を営む訴外会社と密接な関係があると推認できる。

してみると、原告らと大原壯夫あるいは訴外会社との間では、容易に連絡がとりうる状況であったと推認できる(右推認を妨げるような事情を認める証拠は全くない。)。

なお、《証拠省略》によれば、安田照正は、本件建物の隣(《証拠省略》によれば、大原壯夫所有の家屋と認められる。)で電気部品の卸売業を営み、大原壯夫からしばしば仕事を頼まれていた、と認められるから、安田照正は、大原壯夫と親しい関係にあり、当然原告らとも行き来があった、と推認できる。

(二)  (1) 本件建物の所有権について、右建物を競落で取得したと主張する被告と、大原壯夫との間で紛争を生じている、(2) 本件建物については、二度の仮処分が執行されているが、一度は訴外会社の代表者が立会っているし、二度目の原告らに対する仮処分の公示書は玄関の壁にはられている、(3) 本件建物の明渡しを求める訴状の副本を受け取った訴外会社は、大原壯夫に相談していると推認される。

ところで、一般に、仮処分を執行され、訴えを提起されることは、通常人にとっては極めて異常な経験・出来事であると考えられる。特に、自己が居住する建物について、所有権の争いを生じ、仮処分の執行を受け、明渡し訴訟を提起されれば、居住者の間では、当然右紛争あるいは訴訟の件が話題になるものと推測できる。本件については、前記指摘のような訴訟に至る経緯があり、しかも、原告らと大原壯夫あるいは訴外会社とは前示(一)のような関係にあったと認められるのであるから、原告らが被告から提起された家屋明渡訴訟を知らなかったとは到底考えられない(原告両名に対し、本件建物をめぐる紛争・訴訟を隠さなければならないような特段の事情は認められない。)。

4  前記3で検討した点に照せば、前記2の証人安田照正及び証人大原壯夫の各証言をどこまで信用してよいか疑問であり、右証言をもって原告ら主張の事実について心証を得ることは困難である。仮に、右証人らが証言するような経緯で訴訟委任状が作成されたとしても、前記3で検討した原告らと大原壯夫らとの関係及び本件建物をめぐる紛争経緯、並びに、前記一で認定した事実を総合すれば、原告らは、右訴訟委任状作成について事前ないし少なくとも事後に承諾し、前記家屋明渡訴訟の応訴手続については包括的に大原壯夫に委任していた、と推認するのが相当である。

したがって、原告両名は、大原壯夫を通じて、佐々木弁護士に対し、前記家屋明渡訴訟事件の訴訟追行を委任した、と認めるのが相当である。そして、佐々木弁護士は、原告秦正士の代理人として、昭和四九年一一月二七日に訴状の副本を受領しているから、原告秦正士に対し訴状は有効に送達された、と認めることができる。また、原告秦孔賢に対する訴状送達についても、前記一、6で認定したとおり、本件建物所在地(すなわち、原告秦孔賢の住所地)において訴状副本が送達されているから、右訴状副本を受け取った者が原告秦孔賢自身でなく、原告秦孔賢以外の例えば訴外会社の従業員といった第三者であったとしても(同原告と全く関係のない第三者が受け取った事情はうかがえない。)、前記3で検討したところに照せば、原告秦孔賢は、訴状が送達されたことを知らされた、と推認できる。したがって、原告秦孔賢に対しても訴状は有効に送達された、と解するのが相当である。(なお、原告秦孔賢に対する訴状送達に瑕疵が存在するとしても、同原告が佐々木弁護士を訴訟代理人に選任したと認められるのは前示のとおりであり、同弁護士が訴訟を追行したことは前記一で認定したところであるから、原告秦孔賢は、責問権の放棄ないし喪失により訴状送達の無効を主張し得ない、と解せられる。)

5  以上検討したところによれば、原告らの前記1の主張は、いずれも理由がなく、失当である。

三  結論

以上のとおり、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を、強制執行停止決定の取消し及びその仮執行の宣言につき民事執行法三七条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林正明)

<以下省略>

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